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2014.06.02

水族館劇場 嘆きの天使

三軒茶屋近くの神社で大がかりな仮設劇場を建て、かつてのアングラ劇団の血を引く芝居が上演されているという情報をつい最近知った。

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三軒茶屋ー下北沢は一応縄ばりである。でも、知らなかった。

こういう情報に疎くなっているのだなあとつくづく思う。

情報元は「六号通り診療所所長のブログ」 。情報に感謝である。ブログ主の観劇眼と知識にはいつも敬服している。たぶん私より10歳くらいお若い方だ。

芝居は面白くないと言うのが元情報だが、一度は見ておいた方がよいと私の嗅覚センサーが言った。

メールで予約したら当日会場でチケットを引き渡すとのこと。観劇仲間のやさぐれ精神科医氏と待ち合わせて、整理券をゲット。近くのスペイン料理屋でシルベッサなどいただいて時間をつぶす。

こういう仮設劇場という仕掛けは近づいただけでなにやらウキウキしてくる。

乞食と役者は三日やったらやめられない、という魔力のようなものが漂っている。

自然の樹木と仮設劇場が融合している。

プロローグの樹の上での芝居などおおっと言う感じなのだが、いかんせん、声が通らない。滑舌が悪い。

本編の登場人物を含めて、素人っぽいところがいいのだという意見もあるが、それはどうだろうか。観客がみな、役者の誰かの友達だったり、行きつけの飲み屋で知っていたり、取引先だったりするわけではない。

ストーリーはあってなきがごとしだが、事前学習の成果で永山則夫が縦糸になって構成されているのだということがわかった。これが、時空を越えて、沈没船が出雲の阿国となって精神病院に入れられて・・・ 全然わかってないな。

こういうことは、この種の芝居では当たり前のことで、ちゃんとストーリーらしきものがわかる方が珍しい。

大がかりな水を使った演出は特筆すべきだし、最後に座長が事故を起こさずに今日も無事終了といった言葉は本当だろう。

最後にお約束の舞台の後ろが開いて少女が去って行くところは、その前の水の迫力でかすんでしまっていた。

でもこの一夜を総じて言うと、良い体験ができたと思う。

作演出の桃山邑氏は1980年に曲馬館の公演から芝居の道に入ったという。

曲馬館は1970年台から80年にかけて、唐十郎の状況劇場を追いかける第2第3グループとして、劇団魔可魔可や劇団つんぼさじきとならんでさかんに地方にテント興業にやってきていた。

地方大学の学生劇団だった私は場所の確保やチケット売りで制作に協力した覚えがある。当時は、田舎学生をちょっと見下したような彼らの態度にカチンときたこともあったのだが、一緒にいれば結構楽しかったな、なんてことも思い出した。

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