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2008.07.25

道元の冒険

井上ひさし作・蜷川幸雄演出「道元の冒険」を渋谷シアターコクーンにて観劇。とても懐かしく、とても新鮮であった。道元役は阿部寛!というのもまた興味あるところ。

「道元の冒険」の初演は1971年で小劇団のテアトルエコーが上演した。演出と「主として懐弉に扮する男」が熊倉一雄。これを大阪で観た。「労演」という観劇団体があり、その定例会ではなかったか。年代からふり返ると、当時私は浪人中で大阪の予備校に通っていた。すごく長い芝居だったが長さを感じなかった覚えがある。「状況劇場」や「黒テント」などとは違った意味で強いインパクトだった。
その数年後、大学で学生演劇をやっていたときにこの「大作」に挑んで敗れた経験がある。ぎりぎり10人あまりの役者をかき集めて稽古に入ったのだが、途中で役者の一人がバイクで事故って入院という羽目になった。これで万事休す。結局公演は中止となった。しかし、楽曲の半分近くはできあがっていたし、途中まで進んだ稽古を無駄にするのはもったいない。ということで、歌と踊りの場面を選んでダイジェスト版をスタジオで上演することになった。今にして思うが、これは正解だった。全編を通して上演するなど10年どころか100年早い。あのまま稽古を続けても公演までこぎ着けることはできなかったのではないか。中止を決めたときのほっとした気持ちを憶えている。
この長い、言葉の遊びを駆使した芝居を現代でどう演じるか。蜷川版「道元の冒険」をみながら考えた。今回の上演時間は休憩を除いて3時間ちょうどくらい。おそらくテアトルエコー版より30分以上、ひょっとしたら1時間近く短い。言葉の遊びの部分がかなり削られている。確かに全部やるとなるとちょっとくどい。くどいけど面白いので、削った部分がもったいない。ジレンマである。
私たちの「幻の公演」ではピックアップして演じた場面のいくつかがこの蜷川版ではカットされている。通してやるとすればそれが賢明な選択なのだろう。
結局、この芝居は、テアトルエコーとかつての学生劇団の二つの「先行作品」の眼鏡を通して観ることになった。想いの半分以上は懐かしさ、だった。
フィナーレの曲

夢は短い狂気
狂気は長い夢
夢から覚めたときは
死ぬとき

この世になにひとつ
夢でないものがあるか
この世にどれひとつ
狂っていないものがあるか

この歌のメロディーは、私たちの座付き作曲家だったカジモト君作曲作品の方がよかったような気がする。まあ、今となれば、すべては夢、幻なのではあるけれど。

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コメント

僕は、清水邦夫作「幻に心もそぞろ、われら将門」という芝居で主演俳優が倒れ、上演を中止せざるをえなくなったことがきっかけで、演劇の道を捨てた。この「夢は短い狂気」って曲だけ、8月16日、女子大付属のホールで行う予定になっている、僕たちの学年の同窓会で歌ってもらえないだろうか? 懐かしさだけでは、済ませられないものが、もしもキミの中に残っているのであれば…。イヤなら、無理には頼まない。ただ僕にとってキミは特別な人なんだから、また、いっしょに、騒ぎたいんだ。

投稿: 山田陽一 | 2008.07.27 00:02

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