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2008.02.11

鹿男あをによし

母の面会にグループホームへ。食事の途中でも寝てしまうという母は、面会中10分ほど目を開けて妹から預かっていったボンボン・オ・ショコラを3個食べた。お茶や味噌汁はむせて飲み込めないらしいが、こういうものは食べられる。とろみをつけたエンシュア・リキッドが主食になりつつあるという。
グループホームからJRで奈良に向かう。

Sikaotoko_2 今や奈良と言えば「鹿男」である。商工会館のウインドウにも「鹿男」のポスターが貼ってある。何となく不思議でユルイこのドラマは「時効警察」以来ひさしぶりにマジで見ているのである。
せっかくなので「鹿男」の下宿とおぼしき奈良町方面まで足を伸ばしてみることにする。
この奈良町の復旧と振興には亡くなった友人のM君が深く関わっている。何年か前、生前最後に会ったときにそのプロジェクトの建物に案内してもらった。まだ、今のように観光客があふれてはいなかった。

Monogatarikan 「奈良町物語館」と名付けられた民家の縁側に寝ころんで話をした。そのとき彼は「居場所」を見つけたのだと思った。結局、建築家のM君にとって「奈良町」は最後のプロジェクトになった。その「奈良町物語館」に入ってみた。一階には呉服の展示などがしてあって箱階段で二階にのぼれるようになっている。二階にはプロジェクトの事務局があるようだ。
昨年の夏に日射病と闘いながら墓を探したけれど、彼の墓はここにあったのだと中に入って思った。

Siryokan

こちらは「奈良町資料館」。「物語館」とは随分芸風が違う。入り口に仁王像、勘亭流の看板、賽銭箱・・・。賽銭などと言わずに入館料を取ればいいのに。中に太宰治の「人間失格」や三島由紀夫の「春の雪」など著名作家の生原稿が展示してある。これはこれで貴重なものだと思うのだけれど「奈良町」とどういう関係があるのという素朴な疑問が湧く。M君が生きていれば「何やねん、これは」と聞いてみたい。
「鹿男」の下宿とおぼしき民家もたずねた。たぶん、元興寺塔跡の石碑の向かいの家ではなかろうか。
奈良町の狭い路地は観光客でいっぱいだったが、これは「鹿男」効果だけではなさそうだ。

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