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2007.11.04

中国民族音楽楽団

無人の実家で目が覚める。9時40分、こんな時間まで目が覚めずに眠ったのは久しぶり。早起きのネコがいないからだ。昼前に母親のグループホームに面会に行く。下肢の拘縮がひどくなっているが、全般的には相変わらずの様子。会話は成立せず・・・。
早々に失礼して大阪に向かう。高校の時の同級生N君が中国民族音楽の楽団を主宰しているというのでその発表会を聴きに行く。

Tensho Tensho1中国の民族楽器としては二胡が有名で、まあそれくらいしか知らなかった。ラインナップを見ると二胡、中胡、揚琴、琵琶、中げん、古箏、等々。低音をカバーする弦楽器が中国にはないため(?)かチェロとコントラバスが入っている。他に打楽器群と笛。N君は中胡の担当。
楽団の技量は相当のものだったと思う、よくはわからんけど。音はよく出ていたし、中国音楽特有の抑揚や微妙な音階を介して曲の表現する情景が伝わってきた。
それより、何より、N君がこんな楽団を主宰しているという事に驚いた。音楽とは全く無縁、というよりその対極にいたやつだった。なので、直前にこの演奏会の話を聞いたときには唖然とし、いったい何があったのかと、出席予定にしていた研究会をドタキャンしてこちらにまわった。
私の記憶では最後に会ったのは卒業した翌年、大阪の予備校に通っていたときだ。N君によればその後京大の吉田寮で会ったというのだが、いずれにしても35年ほど前の話。
ある夜に電話がかかってきて市内の喫茶店に呼び出された。呼び出した側にN君もいた。卒業したばかりの高校を明朝バリケード封鎖するので加わらないかという。在校生と某党派の作戦のようだった。かなりの激論になったが、私は降りると言って帰った。学校は全く予期していなかったらしく、彼らの作戦はあっさりと成功して校舎はバリケード封鎖された。参加した何人かの卒業生の中にN君がいた。その後の顛末は当時どこでもあった話で特記すべきことなし。
大学に入ってからは、接点がなくなって音信も途絶えた。
N君はサッカー部では「ハーフ」という守備と攻撃を結ぶ中間的なポジション。今なら「ボランチ」。ボールさばきは不器用だったがタックルはハードでおぼっちゃんチームの中では異色の強面タイプだった。ただ、しゃべると声が高いので威圧感は半減するのだった。
そんなN君に本当に久しぶりにあってあの頃とのギャップがまだ埋まらない。

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