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2007.11.05

ランナーズ・ブルー

村上春樹の「走ることについて 語るときに 僕の語ること」を読んだ。実を言うと村上春樹の小説は読んだことがない。別に彼が嫌いなわけではなく、何となくご縁がなかった。

村上氏の走歴は私より干支一回りほど長く、レベルも数ランク上だ。
何故人は走るのか。この答えはみなそれぞれ違うようで、根っこには共通のものがある。そのことを村上氏は淡々と自分のマラソン歴の上で語ってみせる。
この本を読む限り氏のウルトラマラソン癧はサロマの100km1回だけ。この点は100kmマラソン完走2回の私が勝っているなと張り合ってしまうが、なるほどなと思うところが「ランニング・ブルー」という言葉。

しかしウルトラ・マラソンの体験が僕にもたらした様々なものことの中で、最も重要な意味を持ったのは、肉体的なものではなく、精神的なものだった。もたらされたのはある種の精神的虚脱状態だった。ふと気がつくと、「ランナーズ・ブルー」というべきものが(感触から言えばそれはブルーではなく、白濁色に近いのだが)薄いフィルムのように僕を包んでいた。ウルトラマラソンを走り終えた後、僕は走るという行為自体に対して、以前のような自然な熱意を持つことができなくなったようだった。

「ランニング・ブルー」とは言い得て妙である。私自身この感覚が97年の野辺山100kmからかれこれ10年続いているような気がする。長い「ランニング・ブルー」。
いつかウルトラマラソン完走するという目標を設定して、それなりの心地よい努力をしてきて、そしてそれを達成したとき。42.195kmが単なる通過点だという感覚を味わった時から、走るという事にかける気持ちが変わってきたのだろうと思う。
今年の東京マラソンはその長いランニング・ブルーに終止符を打って、また「走る人」に戻るべき契機だったと思うのだが、今となってみるとなかなかそうはいってない。
この本には「走る人」への復活の鍵があるように思った。

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