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2007.03.17

フロンターレvs横浜FC

夜7時からのゲーム。昼間は結構ぽかぽかしていたのだが、夜になると急に冷え込む。風も強い。応援用の背番号10のTシャツとパーカーを着ていったが、そんな姿では凍死してしまう。タテノリのサポーターの方々は偉い!

Vsyokohamafc試合は一方的な展開。フロンターレに後半早々に退場者がでたにも関わらず6-0のワンサイドゲーム。ジュニーニョが2発。黒津も2発。マギヌン、村上も好調を維持して1発ずつ。守備は鉄壁で、ドラゴン久保もいいところはほとんどなし。前半カズのCKにあわせたのがひやりとしたくらい。カズもほとんど仕事が出来なかった。やはり、往年のスピードとキレはない。後半には退いたが、そろそろ限界だろうか。
カズと等々力競技場というといろいろ思いがある。Jリーグが国立競技場で華々しくマリノス対ヴェルディで開幕した後、ヴェルディがホームの等々力でゲームをした時のことである。当時の等々力の芝はぼろぼろではげた部分もあって最悪だった。土の部分が目立つので緑のスプレーペンキで色を付けてあったそうだ。試合後に、ヴェルディの選手たちは口々にグラウンド状態を非難した。その口調には、なんで俺たちがこんなところで試合をしなきゃいけないのだという気持ちが表れていた。彼らにとって「川崎」ヴェルディは不本意だった。親会社の社長は、どうして「読売」ではいかんのかと後々までごねていた。
カズは紳士なので露骨にそういうことは口にしなかったように思うが、ラモスなんかは正直だったなあ。そういう声を聞くと、川崎市民としてはいいグラウンドを用意できなくてゴメンという気持ちにはなれなかった。
なので、J開幕してからはジーコのアントラーズを応援した。子どもたちはヴェルディジュニアサポーターというのに子供会で入って時々等々力に観戦に行っていたようだったが私は一度も行かなかった。ヴェルディが東京に移転するという時も早く出て行けという気持ちだった。
ヴェルディ時代のカズは何度か自宅近くのホテルで見かけた。ジョギング中に人垣が出来ているので何かと思ったら、カズがホテルから出てくるところだったりした。今思えばあの頃が絶頂期だったのだろう。もうあれから15年だものな。

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