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2005.12.25

慈恵医大青戸病院事件

先日、所属していた大学小児科の同窓会で隣り合わせた心臓グループの先輩のY先生から「慈恵医大青戸病院事件」(小松秀樹・日本経済評論社)を是非読んでみてと勧められた。2日ほどしたらアマゾンのギフトが届いていた。著者は虎の門病院の泌尿器科部長。Y先生は著者と話する機会があって、世間で受け入れられているのとは別のところに真相があるのだと驚いたという。

「慈恵医大青戸病院事件」とは2002年11月に慈恵医大青戸病院の泌尿器科で腹腔鏡下の前立腺全摘手術を受けた男性が1ヶ月後に手術中の出血が原因で死亡したとされる事件である。手術をした若い3名の医師が「業務上過失致死」で逮捕され、現在裁判が進行中である。
この事件は東京女子医大の人工心肺操作ミスによる死亡事故の隠蔽・改竄の事件と並んで私も大きな関心を持った。特に青戸病院事件の方は、勤務医の時代に下手をすれば自分たちも同じように刑事事件の被告になったかも知れないという意味での身近さを感じた。
「腹腔鏡下の前立腺全摘術」はすでに多くの施設で行われており、「高度先進医療」と呼ぶようなものではないという。しかし、それができない施設で働く若い医師はこれからの医療技術に取り残されてはならないと強く思うのは当然だろう。逮捕された医師たちは「功名心」のために、経験も準備も不十分なままに危険な手術に突っ走ったとして断罪されている。はたしてそれだけか。
筆者はインフォームドコンセントの不十分さ、準備の不十分さを指摘したうえで、事件の起きた背景に注目すべきだという。事件を個々の医者の資質の問題として刑事処分を科しても何も残らない。警察の介入は遺族の報復感情を満たすことはできたとしても、同様の事故の予防には役立たない。裁判の結果次第では、これからは手術が不成功に終わった場合には医師は刑事訴追される覚悟を求められる。これでは外科医になるやつはいなくなる、と。
若い医師が新しい手術をマスターしようとする場合に、大なり小なりこの事件に似たシチュエーションに置かれる。
私が勤務医のころ関わっていた小児心臓病の手術について言うと、20年前からつい最近まで、関東地区は東京女子医大の天下だった。当時、完全大血管転位のJatene手術は女子医大以外の施設では成功率が低かった。私の赴任した病院では新生児が多かったので必然的に先天性心疾患も多く集まり手術に送り出すケースが多かった。しかし、送り先の病院での手術成績は良くなかった。みんな女子医大に送ればいいじゃないかと言われればその通りだが、ガリバー型寡占の勢力地図に一矢報いたいという気持ちもあった。まして、いまいる病院にも心臓外科はあるのだ。
完全大血管転位でJatene手術の適応の患者がいた。大学や普段の送り先だった病院などと協議を重ねた上で、私たちの病院で手術することにした。私の後で赴任してきた心臓外科部長は若かったが腕が立った。しかし、Jatene手術は経験がなかった。助手には経験のある心臓外科部長の先輩医師を呼んできた。先輩は人工心肺のチームまでひき連れて協力してくれた。
患者は生死の境をさまよったけれど、見事生きた。結果オーライだ。これが不成功だったらどうなっていたことか。今の水準で言われたらインフォームド・コンセントもとても怪しい。
この手術が引き金となって、Jatene手術だけでなく新生児期の手術がうまくいくようになった。
だが、これでよかったのか。システムとして手術成績がよくなったのでない。たまたま、そこに赴任した医師たちが活路を見いだそうとあがいた結果だった。個人がつぶれたらそれで終わり。
青戸病院事件はあのころから変わっていないシステムを思い起こさせる。

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コメント

身内に女子医大病院で医師をしていた者がおります(30年くらい前の話)。
心臓内科が専門です。
当時その身内の結婚式に出席した折の関係者のスピーチで、担当していた患者さんが亡くなるとものすごく落ち込んでいたという話をきいて、ドクターも人なんだなぁ、、と思った記憶があります。
医療過誤の問題は、難しいですよね。。
私は出産のときにトラブルがあり、実は生死の境をさまよったことがあります。
このときのことを日記につけていたのですが、読み返して思うことは、医療過誤もしくは医療過誤直前(?)のアクシデントって、いくつかの原因が積み重なって起こるんだなぁ、、ということです。
先生ご紹介のその本、私も読んでみようと思います。

投稿: nora | 2005.12.26 21:07

うちの大学にも新生児の心臓手術を専門にする医師がいます。腕も良く、名前も通った方です。今では成功率が90%以上であるVSDの手術でも彼が若い頃執刀した患者さんが何人も亡くなったそうです。今現在の彼の地位もそうした方々の上に成り立っているのです。
 医療の結果しか求めていない現在の趨勢では今後後継者が育つ見込みは限りなくゼロに近くなりますね。20年後には心臓手術のできる医者はいなくなっているかもしれませんね。

投稿: 石 | 2005.12.28 16:45

>助手には経験のある心臓外科部長の先輩医師を呼んできた。先
輩は人工心肺のチームまでひき連れて協力してくれた。

経験を積まなければ技術を習得できないのは同じなので、手術未経験の医師が執刀する場合、上記のような経験者を助手としたのなら問題はないと思います。

今回、青戸病院で問題なのは3人とも経験のない手術を行ったことではないでしょうか。
今回有罪になった医師が執刀していたとしても、経験がある医師立会いの下の手術であったなら、たとえ同じように患者が死亡しても「人体実験」とまでいわれなかったはずです。

今の医療技術が過去の失敗や多くの亡くなった方の上に成り立っているのは、止む終えないことだとは思いますが医師として誠意をもって対処すれば、今回の事件のようなことにはならないと思います。

そういった意味で、多くの外科医はきちんと対処していると思います。
インフォームドコンセントがなされたかった面も、青戸の事件ではあるとは思いますが、最大のポイントは経験者を立ち合わせての危機管理がなされたいなかった点だと思います。
そういった意味では、やはり3人の医師は有罪になって当然だと思います。

投稿: ななし | 2006.06.19 17:57

私は現在、青戸病院で有罪になった医師に診察して貰っています。ネットで偶然、その医者が青戸事件に関係する医者だと知りました。青戸事件を知らない患者(若い人、お年寄りなど)は、「良い先生」との評判です。
私も実際診て貰った印象では、「良い先生」です。
先生は、私が青戸事件を知らない患者として応対しています。
私も知らないフリをして診て貰っています。
日本の社会は、とかく一度失敗すると、なかなか立ち上がれないのが現実です。私は、「良い先生」なので、暫くは応援する意味で、通院しようと思っています。
先生は決意を持って、医療に専念しているように見えます。
一度でも挫折した人間には、強い反省があるので、返って期待出来ると私は思っています。

投稿: 秦野 健 | 2017.08.15 19:48

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